男の子の育て方!私が子育てアドバイスに従ってみて分かったこと

女の子より男の子の方が育てにくいです。なぜなら、一姫二太郎って言葉は育児に不慣れな第一子は女の子がいいっていう意味だからです。面倒臭がりで、成長が遅くて、いっつも危ないことばっかりして、やんちゃでママ大好きだけど、そんな男の子供は私も好きだよ!

コウへイのおかげで、わが家の玄関の横は、まるでビーバーの家のようだ。

公園に遊びに行った帰りに毎日毎日腕いっぱいに抱えきれないほどの棒を拾ってくるからだ。

「捨てていい?」と聞くと、答えは決まって「ダメ~ェ!」。

どんな棒でも集めているわけではなく、彼なりに理由(こだわり)があって、拾った棒をコレクションに加えるのだが、その基準はちょっと見ただけでは本人にしかわからない。

「コウヘイ君はまだいいわよ。うちのフウタは“ゴミ”コレクターだもの」と言うのはとなりのママ。

フウタ君のポケットの中は、同じ形の葉っぱや蝉の抜け殻、小石、ビービー弾などヘンテコなものでいつもいっぱいなのだ。

妹のカナちゃんが拾う石はきれいだとか、形がかわいいとか、理由がわかるのに、「フウタのセンスは理解を超える」とフウタママはなげいている。

しかし、コウヘイのコレクションや行動をよ~く見ていると、わたしには「そうなんだ!」と新鮮なことがたくさんある。

たとえば、わたしには最初は理解不可能だった棒を選ぶ基準。

それはまず、機能優先と見受けられる。

つまり振り回すのに手ごろであること。

ハリー・ポッターの魔法の杖がたぶんその理想だと思う。

一種の戦いの道具と見えなくもないが、実際に使わなくて、集めるだけで十分なところがおもしろい。

美しさへのこだわりもある。

表面がなめらか、真っすぐで節目がないなどなど。

わたしには汚ないだけの棒も、彼にはカッコいいと思えたりするのだ。

何よりおもしろいのは、5歳にして「そろえよう」という欲求があることだ。

これまで、枝が二股にわかれたものがなかったから集めておこう、というような。

ということは、彼なりに集めた棒を分類している、ということになる。

長さ、重さ、素材、使い方などで分類があるのだ。

子どもは、世界を探検してモノを集めているのだと思う。

昔、未知の世界を探検した人が、珍しいものを持ち帰って博物館を作ったのと同じじゃないかな。

クギやネジ、石ころにカード、あれこれ分類したり、ズラリと並べてながめてはニンマリして、彼らは、しっかりと知的な探検をしているんだ。

すごいなあ。

コレクション行動、おそるべし!

男の子供が戦いが好きなのはなぜ?

「なぜ男は競争や戦いが好きなの?」というといろいろな意見が返ってくる。

それも当然だ。

歴史も文化も育てられ方にも理由があるからだ。

では科学的にはどう考えられているのだろうか?

「1回の射精で放出される精子は1億個もあるのに、卵子にたどり着ける精子は1個あるかないか。男は競争する運命なんだ」という説は、「そんなの関係ない」と突っ込みたくなるけれど、じつは案外、本質的なのだという。

自然界にはオス同士が、激しいメス獲得競争をする動物が多い。

シカの角も、アザラシの牙も、カブトムシの角もオスが戦う時の道具だ。

オスはたくさん生殖行動をする能力があるのに、妊娠・出産・子育てをするメスはすべてには応じられず、強いオスを選ぶ。

だからオスは戦う。

人間にそんな本能が残っていても不思議はない。

脳を刺激するホルモン分泌

テストステロンという男性ホルモン分泌と「男の攻撃性」に開係があることもわかってきた。

妊娠中のある時期の男子の胎児にはテストステロンが大量に分泌される。

すると脳の女性的特徴が失われてしまう。

誕生後の2週間から6カ月頃にも、分泌がハイレベルになって脳に影響し、攻撃性や気の短さを高める作用をする。

その後、分泌はレベルが下がり、思春期に再び爆発的に上がり、性的な衝動が高まる。

じつはこの後の4歳頃にも山があって行動が活発化する。

言われてみると、男の子と女の子の行動の違いが目立ち始める時期だ。

「癇癪はホルモンの影響かな」と思って男の子に接していると、子育てに少しゆとりが生まれる。


叱っても、効果があるのは30分。

しつけは繰り返し、繰り返し、繰り返す。

「叱っても、すぐに忘れる。効果があるのは30分かな」

ひとりが言うと、「そうそう。軽く聞き流されているみたいでむなしい。それなのに、しつこく繰り返す自分がイヤになる」と他のメンバーが言葉を続けた。

うちも事情は同じだ。

夜、「明日の時間割はそろえたの?」と聞けば返事がない。

しつこく言うと、「わかっている」とうるさがる。

結局、朝出かける前に、あわててそろえ、「登校班に間に合わな~い!」とドタバタと怒って出かける。

だから当然、忘れ物も多い。

「だから言ってるじゃん!フン」と、毎朝、思う。

これって、いつまで続けなければいけないのだろうか。

「身につくまで、ずっと言い続けるのが母の仕事かな」とメンバーのひとり。

本人が「これが必要なんだ!」と自覚できるまでルールは身につかないものだが、だからといって、親がルールを教えることをあきらめてはいけない、というのだ。

その時は、聞き流していた言葉が浸透して、本人の成長とともに、ある日、突然、自分から母の言葉に従う日が来る。

「子どもの成長は徐々じゃないから、しつけの効果に親は気がつかない。でも、突然、階段を上がるみたいにグンとのびるから」

しつけは、できるまで繰り返し、繰り返し、繰り返すもの。

根くらべだ。

「でも、ああしなさい、と言い続けてもダメな場合は……」と言い始めた先輩ママは、「いっさい言わないほうが効果絶大な時もあるよ」と言葉を続けた。

押してもダメなら引いてみるのもしつけだと言う。

そのママは、子どもが小3の時のある日、起こすのをやめたのだという。

「それまでは、何回言っても、ベッドを離れない子どもにイライラしていたの。そんな自分にもうんざりして悪循環。で『明日から一人で起きて』と宣言した」

ふむふむ、それで?

「その日は遅刻した。翌日も遅刻……。でも3日目からは自分でちゃんと起きるようになったのよ。『ママ、ひどい』と恨んでたけど」

それは、子どもの成長を信じているからできる正しい方法に思える。

思えるのだが、実行できないのは、うちの子の場合、毎朝、平気で遅刻しそうだから。

もう少しお兄ちゃんになったら、うるさくするのやめよう。

「うん、もうやらない」とかわいい返事。

でも、すぐに忘れちゃう。

聞き分けがないのではなくて、ケンタの場合は、聞いていない。

路肩の高いところに登ってはいけない、家の中でボール遊びはいけない、と何回も繰り返して注意して、その度にちゃんと「うん、わかった」と返事するのに、やっぱりやる。

公園で遊んでいる時に「トイレは?」と聞くと、絶対に「大丈夫」と答えるのに、家に近づくと、もれそうで、必死に手でおさえている。

「早めにトイレに行こうよ」、と言えば「うん」と返事するが、毎日、同じ繰り返し。

そんなケンタを見ていると、「やりたいこと」にすごく忠実。

「こうしてみたい」とか「これはおもしろいぞ」となると、その気持ちを抑えることができないのだ。

そんな時に「やっちゃダメ!」と言われると、一応は聞き分ける。

本人もちゃんと理屈では理解する。

しかし、彼には言うことを聞けない種類のことがある。

すると、「もう、やらない」→「でも、やりたい」→「よし、やろう」と、気持ちは瞬く間に切り替わっていく。

まるでテレビ画面が切り替わるように素早い。

そして、都合の悪いことはケロリと忘れ、同じことを繰り返す。

頑固だ。

でも、命にかかわる重大なことや他人を傷つけるなど、「いけない」度が高いことは、教えるわたしの真剣さや迫力が違うのか、きちんと守るところを見ると、状況を理解した上での、かなりしたたかな「忘れん坊」なのかな。

nigaoe_sample_baby1

怒ると………こわす。

怒りという感情はとてもやっかいだ。

大人だって男女を問わず、怒りのあまりとんでもない行動に走ることがある。

子どもの場合、怒りをコントロールするのはとてもむずかしいことだと思う。

ハルトは2歳の反抗期には、自分の気持ちをうまく話せないイライラでかなり暴れた。

それを叱られて、本人も悪いとわかっているのに、自分の気持ちが収まらず、怒りながらオイオイ泣いていた。

反抗期が過ぎたら、今度は、オモチャの取った取られたで友だちをぶったり、女の子に言い負かされても、自分の言いたいことが言えず、結局、その子のおしりをかじるという行動にでた。

カッとしやすい性格はわたしに似ているかも。

さすがに卒園するまでに、人、とくに女の子に暴力をふるうのは絶対にいけないことだと徹底的に教えさとし、ハルトもがまんすることを覚えたのだが……。

最近のハルトは怒るとモノに当たる。

ミッキーのぬいぐるみにパンチを浴びせるから、ぬいぐるみの縫い目から綿がはみ出て痛ましい姿になっている。

怒りにまかせて、バタンバタンと乱暴にドアを開け閉めし、廊下を踏みならして歩くから、家の傷みも心なしか進んでいる。

しかし、先輩ママに言わせると「まだまだ甘い」らしい。

男子中高生のいる家の壁は、ボコッとへこんだ跡が1~2カ所あるのが当たり前だという。

「壁にかかっているカレンダーや絵の下には、ほほ穴があるのよ。男の子が、パンチを壁にくらわせた跡」

ハルトを見ていると、そうかもしれないと思えてくる。

激しい怒りがわいてくると、体で怒りを表現せずにいられないのだ。

モノをこわす、グーでパンチ、バットの素ぶりなど、激しく体を動かすと、ハルトもようやく落ちつく。

心を整理したり、反省したりするのはそれからだ。

自分から「さっきはごめんなさい」と言ったハルトは、モヤモヤが晴れてすっきりした様子。

絶対に怒りをぶつけてはいけないモノや場面はたくさんあるが、ミッキーのぬいぐるみは許される範囲、とわたしは思う。

ハルトには、グーでパンチが必要なことがあるんだよね。

でも、壁に穴をあけられるのは、やっぱり嫌なんだけど。

やがてはわが家にも穴があくのかしら。


↑このページのトップヘ