男の子の育て方!私が子育てアドバイスに従ってみて分かったこと

女の子より男の子の方が育てにくいです。なぜなら、一姫二太郎って言葉は育児に不慣れな第一子は女の子がいいっていう意味だからです。面倒臭がりで、成長が遅くて、いっつも危ないことばっかりして、やんちゃでママ大好きだけど、そんな男の子供は私も好きだよ!

カテゴリ: 男の子供ってこんな感じ。

「うん、もうやらない」とかわいい返事。

でも、すぐに忘れちゃう。

聞き分けがないのではなくて、ケンタの場合は、聞いていない。

路肩の高いところに登ってはいけない、家の中でボール遊びはいけない、と何回も繰り返して注意して、その度にちゃんと「うん、わかった」と返事するのに、やっぱりやる。

公園で遊んでいる時に「トイレは?」と聞くと、絶対に「大丈夫」と答えるのに、家に近づくと、もれそうで、必死に手でおさえている。

「早めにトイレに行こうよ」、と言えば「うん」と返事するが、毎日、同じ繰り返し。

そんなケンタを見ていると、「やりたいこと」にすごく忠実。

「こうしてみたい」とか「これはおもしろいぞ」となると、その気持ちを抑えることができないのだ。

そんな時に「やっちゃダメ!」と言われると、一応は聞き分ける。

本人もちゃんと理屈では理解する。

しかし、彼には言うことを聞けない種類のことがある。

すると、「もう、やらない」→「でも、やりたい」→「よし、やろう」と、気持ちは瞬く間に切り替わっていく。

まるでテレビ画面が切り替わるように素早い。

そして、都合の悪いことはケロリと忘れ、同じことを繰り返す。

頑固だ。

でも、命にかかわる重大なことや他人を傷つけるなど、「いけない」度が高いことは、教えるわたしの真剣さや迫力が違うのか、きちんと守るところを見ると、状況を理解した上での、かなりしたたかな「忘れん坊」なのかな。

ママが見つけた男の子の法則3

男の子の50%は男の子らしくない。

わたしには「子育てに自信がないから、ハルキの不安感が強い」と自分を責めていた時期がある。

その頃のことで思い出すのは、夕暮れの公園でのことだ。

「ママ、ママとふたりだけで公園で遊べたらいいね」

ハルキはかわいい瞳をキラキラさせて、うれしそうにわたしの顔をのぞきこんだ。

わたしは「エッ!」と絶句した。

そして「そんなにも他の子どもが怖いのか」とがく然とした。

ママとふたりだけで生きているわけじゃないのに……。

息子はとても怖がりだ。

外で走りまわらないし、騒がない。

公園では私の足元にいる。

「○○ちゃんと一緒に遊ぼうよ」と押し出すと、私のTシャツのすそをギューっと握りしめて固まる。

そして、みんなが帰ると砂場に出て、ひとりで遊び始めた。

幼稚園では、毎日泣いているから、園服には涙の筋の跡がたくさん付いている。

洗濯してもそこだけがテカテカに光っていて、それを見るたびに切なくなった。

男の子らしいってどういうこと?

だから、この本づくりの時に思い切って発言した。

「みんなの話はうちの子には全然あてはまらない。男の子は元気だということで、まとめすぎていませんか」と。

その時は、男の子の乱暴ぶりをめぐる話が盛り上がっていたから、みんなは一瞬、きょとんとした。

それから「ああ、そうだった」と思い出した。

子どもの個性は千差万別。

男の子以上に男の子みたいな女の子もいるし、逆もある。

それから「うちの子もじつは弱っちい」という発言が続いた。

な~んだ、男の子の半分は男の子らしくないんだ!

じゃあ、男の子らしいってどんな子のこと?

そのイメージは「元気な子」。

外遊びが好きで、友だちとガンガン遊び、ケンカもするしケガもする子だ。

昔、「わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい」というコマーシャルがあったが、あれは男の子の理想みたいなものだ。

「わんぱくでもいい」 のじゃなくて「わんぱくがいい」のだ。

でも現実は違う。

外遊びが苦手な子、汚れるのが嫌いな子、ミッキーのぬいぐるみさえ怖い子もたくさんいる。

女の子にはよく泣かされているし……。

それなのに「こんなに弱虫で大丈夫?」と落ち込むママが多いのは、「男の子は強くなくてはいけない」という思い込みがあるからだ。

知っておこう!

男の子の半分は男の子らしくない。

ママが見つけた男の子の法則2

男の子の視野は前方15度。

とっても狭い。

子育て仲間に女の子のママは欠かせない。

なぜなら、女の子にしか見えない子どもの世界の出来事を教えてくれるからだ。

「昨日は大丈夫だった?」とハルカちゃんのママに言われたのは、園バスを待っている時だった。

「タクミ君がすべり台から落ちたと聞いたけど」だって……。

エ~ッ!

そういえば、昨晩は「お腹が空いていない」とめずらしいことを言っていた。

「どうして言わないの?」と焦って問い詰めると、「え?

う~ん家に帰ったら忘れた」とタクミ。

「頭を打ったの?」と聞くと、「……覚えていない」と頼りない返事。

本当に覚えていないらしい。

あきれた!

一緒に遊んでいたユウタくんも「落ちた」と言うだけで要領を得ない。

そうだった、男の子に聞いても無駄だった。

こんな時、頼りになるのは女の子だ。

「タクミくんがすべり台でわざとへんな格好をしたから、頭から落ちたの。ゴチンって音がした」とハルカちゃん。

ひぇー、どうしよう。

「でもそれからすぐに電王ごっこしてたから、痛くなかったみたい」

報告してくれてありがとう。

見えていても、見ていない

昔からそうだった。

公園のトラブルも幼稚園の事件も、当事者である男の子に聞いても全貌がわからない。

説明できるのは女の子だけだった。

砂場で起こったケンカのいきさつを、自分はブランコにいても説明できるのは女の子。

一方、男の子は隣でケンカをしていても、きょとんとしている。

場合によっては、自分がケンカしているのに、どうしてそうなったかがわかっていないことすらある。

その理由は視野が狭いからだ。

男の子は前しか見ない。

自分が今、関心をもっていることしか見ていない。

その視野はせいぜい15度だと、思う。

それ以外は見えない。

見えていても「どうでもいいこと」に分類されるので、見えていないのと一緒なのだ。

ちなみに女の子の視野は240度はあると思う。

でも、視野が15度ということは、パパにも当てはまる。

パパは探しものが下手。

冷蔵庫からバターをとり出す時に、いちいち「どこにあるの?」と聞く。

もう一段上の棚をどうしてみないのかな~。

道ですれ違う車の車種はすぐに見分けるくせにね。

男の子が大きくなると男になる。

当たり前かな。

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